サムライ・ウォーキング

193年前の旅行者は歌詠みながら日帰り長久手小旅行

文政5年(1822)現名古屋市片端町あたりに住む尾張藩士朝岡宇朝は当時すでに有名古戦場として遠国から訪問者の多い長久手の古戦場に行った事がないこと を不本意に思い同僚2名を誘い旧暦10月1日(今年11月12日)長久手古戦場へ道々詩を詠みながら徒歩で日帰り旅をしました。その旅の様子が「尾張雑 書」に記録されていました。193年前の旅人の目に映った長久手の景色の印象を彼らの歌から連想し、時代を超えた小旅行をお楽しみ下さい。

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01-長久手市役所

35.18419816013437, 137.04897236806573

01-首塚

35.183949, 137.052833

長久手の戦いの合戦の戦死者をここに埋葬し、塚を築いて供養しました。

02-安昌寺

〒480-1103 愛知県長久手市岩作色金92

長久手の戦いで、敵味方の別なく死者の首を集め手厚く供養した雲山和尚の寺です。

03-床机石(色金山)

35.18551842658596, 137.05446481704712

長久手の戦いの折に徳川家康が陣を張り、軍議のときに腰を掛けたといわれる石です。

06-香桶川

35.178452546177, 137.04494315381453

07-御旗山

日本, 〒480-1173 愛知県長久手市富士浦

長久手の戦いの折に徳川家康の陣地があったところです。

07-血の池公園

日本, 〒480-1122 愛知県長久手市城屋敷83

長久手の戦いのとき、徳川家康の家臣らが血のついた槍や刀を洗った池。毎年合戦のあった4月9日に池の水が赤くなるという伝説がある。

08-勝入塚

35.17252615719816, 137.05134308329434

長久手の戦いの折、秀吉に味方した池田勝入斎恒興(いけだしょうにゅうさいつねおき)が、家康の本隊と戦い戦死した地です。

09-庄九郎塚

35.174370, 137.062790

10-武蔵塚

35.17207011705583, 137.04642927637906

本能寺の変で信長とともに戦死した森蘭丸の長兄で、鬼武蔵と呼ばれた森長可(もりながよし)が、岡崎城攻めに失敗して命を落した地です。